映画「イブの時間」を観たが、なかなかに考えさせられた


アマゾンプライムを全然活用していないなと思い、アマゾンプライムビデオでよい作品がないかと思い探してみたら「イブの時間」なるものを発見。

未来、たぶん日本―――。ロボットが実用されて久しく、アンドロイド(人間型ロボット)が実用化されて間もない時代。ロボット倫理委員会の影響で、人々はアンドロイドを“家電”として扱う事が社会常識となっていた時代。頭上にあるリング以外は人間と全く変わらない外見により、必要以上にアンドロイドに入れ込む若者が現れた。高校生のリクオも幼少の頃からの教育によってアンドロイドを人間視することなく、便利な道具として利用していた。ある時、リクオは自家用アンドロイドのサミィの行動記録に「 Are you enjoying the time of EVE? 」という不審な文字列が含まれている事に気付く。行動記録を頼りに親友のマサキとともにたどり着いた先は、「当店内では、人間とロボットの区別をしません」というルールを掲げる喫茶店「イヴの時間」だった。

2010年の作品ということで何周遅れだよと思いつつ、興味を持ち観ることにしました。

科学が発展すると当然登場してくるであろうアンドロイド。

そのアンドロイドがもし心を持つようになったとしたら?

その人間そっくりの見た目を持つアンドロイドが心を持つとするなら、それは限りなく人間に近づいていて、人間と区別がつかなくなってしまいます。

作品内でアンドロイドは頭上にアンドロイドを示すリングが表示されるのですが、もしそのリングを表示されない場所があったら?

喫茶店「イブの時間」は、そんな「当店内では、人間とロボットの区別をしません」というルールを持つ変わった喫茶店。

その「イブの時間」の中で、人間とアンドロイドはお互いの理解を深めていく。

そんなお話。

いろいろと考えさせられました。

昨今、人工知能が注目を浴びていますが、もし人工知能の発達が人間の知性を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)」を突破したとしたら人間は今までと同じように人工知能と向き合うことができるでしょうか?

人工知能に関しては、書籍「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」で「シンギュラリティはこない」と根拠とともに明確に否定されています。

ですが、膨大な記憶領域と計算力を持つ人工知能が人間に何も影響を与えないということはないでしょう。

人工知能に仕事を奪われるということは、すでに現実のものになっています。

人工知能ですらそうなのですから、人間と対話可能なアンドロイドが登場すれば、人間に与える影響は大きなものになるでしょう。

現在登場してくるアンドロイドは、いかに人間に近づけるかを主眼に置いているように見受けられます。

その進化は、人間にとって驚異になりうるのではないでしょうか?

とある作品で「人型アンドロイドはあまりに人間と似すぎていたために、迫害を受け、最後は人間とアンドロイドの戦争になった」というものがありましたが、人間にとって人間と類似したものは驚異に感じるのかもしれません。

そんなアンドロイドと人間が共存可能か?

考えさせられるテーマです。

また、アンドロイドは心を持ちうるのか?

こちらもまた考えさせられるテーマです。

個人的な考えとしては、「人間にとってアンドロイドは驚異である。それは間違いない。だが共存は可能」なのですが、アンドロイドという存在自体を忌避する方々もいるでしょう。アンドロイドは人間と相容れない存在として。

電子マネーですら否定する方のいる世界ですから。

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新しいものが常に受け入れられる世界ではないのです。

みんなが時代の変化を受け入れ、人や文化の多様性を受け入れられるやさしい世界が来ることを期待したいですね。

作品に話は戻りますが、エンドロールまで含めて1つのストーリーになっているので、最後まで観ることをおすすめします。

おもしろく、いい作品でした。